きゅんだなんていうふざけた音で高鳴った心臓を握りつぶすべきか否か本気で考えた。
「……なに、これ」
問うてみたって答えはない。雲雀は再度、原因であるとみられる少女に目をやった。
容疑者は応接室のソファの上でお昼寝中だった。身体を小さく丸め胸の前でヒバードを両手で抱きしめすやすやと笑みを浮かべて眠るその様子は雲雀にとって破壊力抜群で。(それはもちろん理性に対する破壊力)
加えてたった今、凪は意識の水面下を泳ぐこの状況で小さく囁いたのだ。その言葉の内容がいただけなかった。それによりもたらされた胸の甘い疼きがひどくむずかゆく、そんな経験は初めてだ。今の雲雀をどう言い表わせばよいのか雲雀自身にもうまい表現がわからない。くすぐったくて、ふわふわして、彼女から目が離せない。無意識に上がりそうになる口角を必死で抑える。
いったいどんな夢を見ればあんな寝言が呟けるのか。そこに雲雀が登場していることは間違いないのだろう。普段は何があってもおねだりやらお願い事やらを口にしない凪が、まさかあんな――少女漫画のヒロインのような台詞を口にするなんて。ギャップというものはなんと危ない代物なのかと改めて思った。
まったくもって心臓に悪い。 可愛すぎて、心臓に悪い。
雲雀は眠る凪にそっと歩み寄った。長い睫毛はふるさえしない。どうやら眠りは深いらしい。
夢の中の僕はきみの願いをちゃんとかなえてあげられた? 心の中で問いかける。ソファが軋まぬよう凪の顔の横に慎重に右手をついた。まっすぐに凪を見下ろし、愛らしい寝顔を見つめる。このままきみを独り占めしていたい。けど――夢の中の僕が凪の期待にこたえられなかったときのために、代わりとなるものをきみにあげる。
「おはようのキスで目覚めるのはお姫さま、だね」
柄にもない歯の浮くようなことを呟いて凪の唇視線を落とす。でも本当にきみは、僕にとってのたったひとりのお姫さまだよ。
でも凪が起きたらまず、僕以外の前でうたたねなんてしないようきつく言い含めておかないと。どんな草食動物が血迷うかわからない。……むしろ僕以外にこんな凪を見せてたまるものか。
――恭弥……おやすみのちゅう、して
脳裏をよぎる凪の寝言はまったく、何度思い出しても可愛いったらない。
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