※5年後
彼女は、酔うとキス魔になる。


「だって、恭弥の唇が、薄くて柔らかくて、どうしてだかキスしたくなるから」
 仄かな照明に上気した頬を照らされる彼女の言葉は、どこか言い訳じみている。そうして、また、形の良い柔らかい唇を重ねてくる。僕からすれば、彼女のような唇の方が余程口づけ甲斐があると思うのだが。
 もう一度彼女の顔が離れて、唇が僕の視界にはっきりと映る。小さいけれど、やや厚みを持った、見るからに柔らかそうな女の唇。口紅は、もう取れてしまったようだ。
 酒を飲むようになったのがつい最近ならば、凪のこんな性質を知ったのもつい最近だ。ついでに言うなら、二人がこんな関係になったのはそのほんの少し前。
 二人には少し狭い、小さな彼女の部屋。照明のせいで白い壁やソファーは薄暗いオレンジ色に染められ、酔って赤みを増した彼女の頬もその光の中に溶ける。やはり小さなラブソファーに二人並んで、テーブルの上にいくつも立っているのは、凪の好きな甘めのカクテルの空き缶。ちなみにより酔っているのは彼女の方でも、これを空にしたのはほとんど僕だ。
 今は彼女は、僕の肩に頭を預けて眠っているのか起きているのか、長い睫毛が影を落としている。あまりに無防備な表情。出会った時の、何を考えているのかよく分からない、動きの少ない表情や、愛想の良いとは言えない態度から、こんな姿が想像できただろうか。そして彼女いわく、こんな彼女の姿を見たのは、僕が初めて、らしい。
 雛の摺り込み、みたいなものだろうか。今まで彼女の中に眠っていた愛情が、全て僕に注がれる。繰り返される口付けは、持て余した愛情。だとすれば僕の幸運は、彼女と一番最初に出逢えたことで。
 ちらりともう一度凪を見ると、今度は目があった。酔いに潤んだ瞳が僕を映して、細い指が頬を撫でた。そうしてもう一度、酔いに火照る唇が重ねられる。
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