「夢を見たわ。幸せな夢」




眠たい目をこする凪はいまだぼんやりとした声でそうつぶやいた。シーツに頬をつけたまま床に散らばるふたりぶんのスーツに手を伸ばして拾う僕の背にそっと彼女が額をつけるから、汗の引いた素肌に柔らかな髪の感触が心地よい。




「夢のなかでわたしと恭弥はまだ幼くて、応接室にいるの。ふたりで窓の外を眺めてるとね、瞬きをするたび季節が移るの。桜が舞って、夏の日差しに目を細めて、紅葉が綺麗で、ひらひらと雪が積もる。それをずうっと恭弥と、綺麗だねって見てる……そんな夢」




「それが幸せなの?」




こくり、頷きに合わせて凪の細い髪が揺れる。「当たり前でしょう」笑みを含んだ声音が転がった。




「だってまるで今みたいだわ」




あの頃は、恭弥とこんなに穏やかに季節を数えることができるなんて思いもよらなかったから。
満たされたように、本当に幸せそうに凪は言った。僕は一度身体を起こして凪に向き直り、その左の瞼にくちびるを落とす。




「……僕もだよ」




僕も君に出会うまで、僕にこんな穏やかな感情があることを知らなかった。













きみとの今
僕にとってなににも代えがたい幸福な一瞬
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