音が、煩い。
全ての音を消してしまえたら、どんなに僕は幸せだろう。
耳を塞いでしまえたら、どれだけ幸せだろう。
涙は枯渇ことを知らないように流れ流れて、幾度も頬を伝い落ちて、僕から言葉をなくす。
顔もあげられず、らしくもなく身体を震えさせて、弱りきった自分を見下ろす一人の男。
ベッドから身を乗りだし、傍らに下を向いていた僕の顔に近付けるように、自分も下を向く。
黒い髪に混ざる、くせ毛の金髪が今はこんなにも怖い。
「…苦しいか?恭弥」
「………」
「それでいい。そのまま泣いて、泣き続ければいい」
いつものようなうざったいふやける声で、いつもの倍僕の傷を抉る言葉が耳に入る。
誰でもいい。
この声をやめさせて。
本能で拒絶するが、理性がそれを拒む。
お前はこの男の言葉を受け入れなければならないと、誰かが叫んでいる。
だから、涙が止まらない。
「行ってくれ。恭弥」
「………」
「お前は凪を守れ。何があっても」
重く、楔が突き刺さるように言葉を胸のうちで反復する。
凪、とふいに口にする。
「それがお前の、償いだ」
顔をあげると、言葉とは裏腹に優しい顔をしたディーノがいた。
償い。
凪という子を守ることが、自分が唯一生きる道。
「恭弥だから頼んでる。俺がいなくても凪が安心できるようにしてほしい」
お前にはそれが出来る。
その力がある。
だから。
そう言うディーノの声は、例え僕が修行中に怪我を作らせてしまっても怒らず笑い、話す優しい声と、全く同じ。
なのに、今はこんなにも毒を孕んでいる。
僕は何も言わず、ただ苦しみ、堪えず泣き喘ぎ、涙を流すだけだった。
それは、僕なりのディーノへの“了承”の返事だった。
「貴方も中々酷い方ですね。跳ね馬ディーノ」
「お前がそう言うなんて珍しいな。六道骸」
恭弥が帰ったあと、自分の所に現れた六道骸は入った途端にそうぼやいた。
と言うことは、あの会話を聞いていたのだろう。
犬猿の中である恭弥を気にするとは、珍しいこともあるものだとつい思ってしまう。
「貴方らしくない、と言っているのですよ。普段は馬鹿がつくぐらいお人好しの癖に、先程のアレは殆ど脅しのような物です」
「……やっぱ、そう思うか?」
「まぁ、必要と考えたからしたんでしょう。貴方は」
お見通しか、と自嘲気味に笑う。
少し長い金髪をくしゃり、と掴む自分の腕には点滴の針が刺さっていた。
慣れたようにその針を抜き、さすりながら目を閉じる。
「俺は、凪も恭弥も好きだ」
「見ればわかりますよ」
「だから、恭弥にも幸せになってほしいだけだ」
「……それが、凪と何か関係が?」
腕を組み、扉に体重を預けながら冷静に問う六道骸に、俺は視線を向ける。
六道骸に言わせれば、恭弥のことはどうでもいいのだろう。
ただ、凪が心配なだけなのだ。
本人はそれを否定するが。
「凪は、必ず恭弥に気付かせてくれる」
「………」
「恭弥も幸せになっていいことを、思い知らせてくれる」
今の恭弥は、危うい。
あぁして何かを戒めとして生きる意味を強引に植え付けておかないと、何をするかわからない。
雲雀恭弥は、“生きる”ことに無頓着過ぎる。
あんなことが、あったから。
心に傷を、負ってしまったから。
殻に閉じ籠るように、本来の自分という存在を隠してしまった。
「……前言撤回です。やはり貴方はとんだお人好しですね。跳ね馬」
「ん?」
「一番危険なのは貴方では?」
「お前も人のこと言えないんじゃねぇか?」
笑いながら返事をすると、どうでもいいとばかりに背を預けていた扉から動き、足を進める。
「やってられませんねぇ。僕らしくない」
「ははっ!遅いなーもう」
「いいですよ。貴方が何を企んでいるであれ、凪が安全ならば」
そう言って扉を閉めた骸にため息をつきながら、窓の外に視線を向ける。
「…星が、綺麗だな…」
星が、綺麗。
ベッドのすぐ近くの窓から顔を覗かせていた私は、夜風に寒さを感じ、名残惜しげに窓を閉める。
今日は風が強く、だから雲が流れて星が綺麗に見えるのだ。
ふとベッドに投げ置いていた桃色の携帯を見ると、一通のメールが入っていた。
差出人は。
「…ディーノ?」
ディーノは、昔から近所で仲のよい人だった。
小さな頃から構ってもらい、本当に兄が出来たかと思うくらいに親しかった。
今でもこうして連絡を取り合う辺り、“兄”だと感じる。
「……え?」
意味深な、短文メール。
その次の日に知らされたのは、兄的存在、ディーノの行方がわからなくなったというものだった。
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