夢を、見たの。
真っ白な空間に一人きり。
何もない、黒もない。
そう、私以外何もない。
あぁ、違う。
黒はあった。
私という黒が。
ひた、ひたと。
裸足の足音が耳に入る。
私はどこに向かっているの。
何故向かっているの。
そんな行動することに当たり前なことも、わからないまま。
ひた、と足が止まる。
視線をあげると、そこにいたのは男の人。
真っ白なシャツに映える、真っ黒で綺麗な黒髪。
知らない。
私は貴方を知らないの。
ねぇ。
ドウシテナイテルノ?
『…私の、せいなの?』
「………っ…!」
目を覚ました直後、視界には先程の真っ白な世界とは違う、色彩鮮やかな見慣れた私の部屋が映し出される。
それは私にあれは“夢”なんだと分からせるには充分だった。
嫌な汗が全身に纏わりついて、気持ち悪い。
「…シャワー…浴びなきゃ」
夢だと思う。
儚い、現実性のない、下らない夢だと。
なのにどうして、今でも私はこんなにも悲しいのだろう。
夢で見たあの男の人が気になるのだろう。
気丈に振る舞っていたあの人は、泣いていたような気がする。
涙を讃えながら、死にそうな程苦しくもがきながら、それでも何かの為に無我夢中で走り抜けているような。
強く、脆い存在に見えた。
どうして私は、そんな彼を抱き締めたいと思ったのだろう。
彼を受け止めたいと思ったのだろう。
どうして泣いている理由が、“私”だと思ったのだろう。
「………」
無意識に身体を抱き締めるのは、汗で身体が冷えたからだと…思い込んだ。
今日から並盛高校に通う私は、中学とはまた違う真新しい制服に身を包み、慣れない道を歩く。
私に並盛高校に推薦したのは、意外にも骸様だった。
推薦と言うよりは、“ここにしなさい”とやんわり言われていたような気がしたが、特に行きたい学校があるわけでもなかったため、素直に了承した。
しかし、そんな骸様と兄のように慕っていたディーノが突然姿を消した。
シャワーを浴びた後にボスからのメールでこの事実を知った私は、衝撃を受けた。
実際、二人とも電話は出ない。メールも返ってこない。
何も鳴らない携帯を見つめながら、また重いため息を洩らす。
「何ため息ついてるんですか!」
「きゃあ!」
後ろから思いきり抱きつかれ、間抜けな声をあげてしまう。
当事者のハルは私の驚きなんてお構い無しとばかりに、同じ高校に通える喜びをテンション高く話していた。
「ハルちゃん落ち着いて。みんな見てるよ?」
「はひ!それは気付きませんでした…」
後ろでクスクス笑いながら私を助けてくれた京子は、優しい笑顔で朝の挨拶をした。
返事をした私は、未だに京子やハル、花と同じ学校なんだという実感がわかない。
それは勿論嬉しさからで、交流が苦手だった私を後押ししてくれた、心を開いてくれたみんなが大好きで。
これから三年間は一緒なんだと思うと安心するし、嬉しい。
「はひ…ごめんなさい凪ちゃん…」
「大丈夫だから…おはよう。ハル」
遅れながらの挨拶をすると、ハルはいつもの笑顔を取り戻して私に返事をした。
その後に花が眠そうな顔をしながら合流して、みんなで学校に向かっていた。
そう、周りに咲く桜のせいで視界が桃色に染まるなか、私は見つけたのだ。
さらり、
「………!」
見えた。
まっさらな黒い髪。
袖を通していない、肩に引っ掻けたような学ラン。
スラリとした肢体に、嫌でも目立つであろう綺麗な顔。
夢の、彼と同じ顔ではなかっただろうか。
「凪?」
「…え?」
花に声をかけられ振り替えり、また彼がいた場所を振り返ったが、そこにはもう誰もいなかった。
「どうしたの?」
「…ちょっと、知ってる人がいたような………」
曖昧に言う私に花は不思議そうに首を傾げながらも、それ以上追求してくることはなかった。
内心ホッとしながらも、未だに鳴り止まない動機に無理矢理制止を働かせる。
そう、明らかに。
彼は私を見ていたのだ。
偶然?
こんなこと、あるの?
振り返った私と彼の視線は、確かに交わったのだ。
あの漆黒の瞳に、吸い寄せられそうになった。
…ダメ。また考えちゃう…
邪念を振り払うように頭を横に振るが、やはりそう簡単には消えそうにない。
吸い込まれそうな瞳はやはり、どこか悲しそうだった。
「………凪、ね」
桜は嫌いだ。
そんな僕が敢えてこの桜道を歩いたのは、彼女を見るためだ。
僕が、守るべき彼女。
跳ね馬が大切にし、あの六道骸が気にかけていた存在。
見ればただの普通な女子高生。
しかし、二人が気にかけていたこともわかった。
僕以外に複数、彼女に視線が集まっていた。
勿論好意的なものではない。
どちらかと言えば、まるで何かを狙っているような、獲物を捕らえるかのような鷹の目。
勿論、僕に気付いていた。
だから彼女に手を出せなかった。
僕の威嚇に、気付いたから。
その時に彼女自身と視線が合ってしまったのは、誤算だったが。
どうも気になる。
僕を見た彼女が、驚いたように目を見開いて立ち止まったから。
あの瞳には、僕の中の何かが壊されそうな気がして、なんだか恐ろしかった。
同時に。
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