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いきなり目の前に現れた、人。
肩に掛けたままの学ランは落ちることなく風にたなびいて、ちらりと何か鉄の棒のようなものが見える。
漆黒の髪から覗く同じ色の瞳は、鋭く光り、相手を威圧させている。


しかし私はそんな彼に恐怖を感じなかった。
ただ助けてくれたから、という理由ではないことは、無意識に納得していた。

知らない。
私はこの人を、知らないの。




「僕の並盛でナイフ振り回すなんてね。制裁に、没収かな」




制裁?没収?

多分同じ高校生だと思うのだが、発せられた言葉がどうも上から目線。
呆然と彼を見上げていると、ジャックナイフを持った男性はうっすらと笑いながら私に向けていたジャックナイフを彼へと向け直した。

私は、息を呑む。




「おやおや。風紀委員長ではありませんか。今は巡回の時間ではないはずでしょう?」

「…監視でもしてたって言うの?趣味悪いね。キミ」

「なんとなくですよ。…そこの物騒な武器、しまってお嬢さん頂けませんかねぇ」




いきなり話の方向を向けられて、私はまた一気に青ざめる。
うっすらと笑うから、気持ち悪いのだ。
ヘラヘラ笑い、自分は弱そうだと相手に思わせながら、相手を殺すような人だから、こんなに怖いのだ。


怖い…けど、


私はふと彼を見た。
この人達が用があるのは自分だ。
彼が並盛に対して何を思っているかは知らないが、巻き込むのは御免だった。

しかし。




「断る」

「…っ!?」




きっぱりと言った彼に驚いた顔を見せた。
そんな私を一瞥して、しかし直ぐに視線を戻す。

ガシャン、と鈍い音が聞こえたと思い、音の方へと目を向けると彼の武器であろうものから鎖が伸び、先端に何か尖った物が付いていた。

恐らく先程後ろをなぎ払ったのはあれだろう。

彼は楽しそうに笑い、ヒュン、と振り回し始めた。




「…予想外ですねぇ…跳ね馬にでも頼まれましたか」

「答えるつもりはないな」




一気に間合いをつめた彼に男性は息を呑みながらギリギリで交わしていく。
しかし段々彼の方が上手になり、男性の頬に幾筋もの血が伝い落ちていく。




「…っジャックナイフは、相性が悪いですねぃ…」

「泣き言でしょ?カッコ悪いよ」

「おや。初めて言われましたなぁ」




しかし、と後ろを振り返った男性はその光景に苦笑してため息をついた。




「流れ弾のせいで私以外ヘバッテマスねぇ…これでは戦うにしても休みがありません」

「何それ」

「のんびり行きたいんですよぉ。私」

「ナイフ使って脅して囃し立てたクセに。嘘つき」




クスクス笑いながら襲いかかる彼に、無意識に身体が飛び出していた。
後ろから彼の背中を、全身で抱き止めるように彼を縫い付ける。
彼は勿論、男性も私の行動に目を見開いていたが、やがて男性の方がクックッ、と笑ってジャックナイフを地面伝いに私達へと渡してきた。




「不思議なお嬢さん。気に入りましたよ」

「……え?」




何のこと、と呟こうとすると、いきなり彼に背中に回されて私は視界を遮られる。
そんな行動にも面白いとばかりに男性は笑いながら、彼へと視線を向ける。




「可愛いお嬢さんに“後ろからギュっ”なんてされたらたまりませんよねぇ」

「煩い人」

「怖い怖い。…どうやらキミは彼女の守り人のようだねぇ。厄介だなぁ」




以外にも男性の言葉に反論しない彼に私はまたまた驚いた。


守り人?
それにさっき…


跳ね馬と男性は言った。
彼に、跳ね馬に言われて来たのかと聞いていた。
跳ね馬とは、ディーノのことだ。
それならば彼はディーノと何か関係があるのだろうか。


…失踪のことも、何か知っているのではないのだろうか。



思わず学ランをキュ、と握ると、彼が僅かに反応する。




「お嬢さん、小さい物を見つけなさいな。小さな…データを」

「……?」

「それはお嬢さんのような一般人が持つものじゃあ、ありゃしませんよ」

「…………、っ」




さりげない言葉は、何故か深く突き刺さって。
私はそれ以上言葉を紡げなくて。
学ランを握っていた手が震えて、震えて。

そんな私の手に、そっとぬくもりが与えられて。



それが漆黒の彼の手だと、わかって。

安心したら、今更涙が溢れてしまった。




「私は帰りますよぉ。こんな状態じゃ怒られますからぁ」




ヒラヒラ、最後までジャックナイフを向けていた人物は早々と去っていった。
姿が見えなくなると、彼は仕方ないとばかりに私の方に向き直った。




「…キミね、あんな時は」

「貴方、ディーノの行方知ってるの?」




彼が驚いて言葉を止める。
私は両手で彼の腕にすがり付くように、必死にくい止めて教えを乞うように、訊ねた。




「どうして、どうしてこんなっ…無事、無事なのっ…?ディーノ…骸、様も」

「落ち着きなよ」

「私でさえこんなっ…二人はっ…?」




泣き崩れる私を、強引な腕が引き寄せた。
泣き喚き、震え、みっともない大声で叫ぶ私を全身、受け止めてくれたような気がした。




「わ、わたしっ……」

「話さなくていい。二人は死んでない」

「……ほ、んと…?」




返事の変わりに頭を撫でてくれて、その仕草が案外優しくて。

穏やかな波に揺られてるように、ゆりかごに揺られているように。

赤子が母親に抱き締められて、心音を聞くと落ち着くように。
私は彼の心音で、落ち着いて目を閉じた。







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