その腕の中は暖かくて、何故かひどく私を安心させた。
ただ、私を抱きしめるその腕が微かに震えていて、その強さがすぐに壊れてしまいそうな。
彼という存在が崩れてしまいそうな嫌な想像に、さらに涙が溢れてきた。
私の涙を拭ってくれた指先が冷たくて、そっと手を添えた。
そして意識を、闇に落とした。
「……っ…」
うっすらと目を開けると、そこは見慣れない天井だった。
布団の感触を感じるが、周りは自分の部屋ではあり得ない畳、掛軸、花、水と鹿威し。
襖などにも、立派な模様が施されている。
呆けて見ていると、甲高い声が聞こえてきた。
「ミ〜ドリタナ〜ビク〜ナミモリノ〜…」
「……え?」
途端にパタパタと庭から部屋に入ってきたのは、小さな黄色い鳥。
信じられないが、歌っているのはこの鳥らしい。
眺めていると、羽を振るわせて私の頭にちょこん、と止まった。
恐る恐る左手の人差し指でちょいちょいと頭を撫でて見ると、指に擦りよって甘えてきたのでつい嬉しくなってしまう。
「どこの鳥……?」
「ヒバリ!オキタヒバリ!」
「…ヒバリ?」
そういえば。
私を襲ってきた黒い人達も、彼のことを“ヒバリ”と言ってなかっただろうか。
あまりに恐怖が多すぎて、記憶が曖昧になっている。
すると、襖がゆっくりとあけられた。
私は自然と姿勢を正す。
「やぁ。気分はどう?」
「…あ、悪く、ない…です」
「そう」
黒で首元に赤いラインが入った半袖の中に薄く白い長袖を着て、ジーンズを着ているのは紛れもない彼。
彼が手を伸ばすと、頭の上にいた黄色い鳥が彼の手に移り、そのまま肩に移動する。
「あの…私…」
「跳ね馬と六道骸が失踪した」
「……っ」
聞きたいことをいきなり突きつけられ、私は一気に落ち込む。
やはり、二人はいないのだと改めて教えられ、無事が心配される。
私のように、黒い人達に追われているのだろうか。
捕まったら、一体どうなるのだろうか。
無意識に、後ずさる。
「……僕が恐い?」
「違っ……」
「僕が恐くても、残念ながら繋がりは絶つことは出来ない」
どういうこと?とか細く訊ねてみると、彼は私の隣に腰を下ろして、私を見据えた。
その視線に、身体が震える。
「詳しくは言わない。知ればキミはすぐに殺されるからね」
「…ディーノや骸様は」
「知ってる。だから追われてる。奴らは手段を選ばない」
「奴ら…って」
「アイツらはね、香港にある組織の一員だよ。ディーノや僕たちは奴らが密かに進めていた計画の核になるものを盗んだ。それを探してるんだ」
私は驚いた。
ディーノについていたロマーリオからディーノの仕事については軽く聞いていた。
とても大事な存在で、自分達には欠かすことは出来ないボスだと真剣に話していた。
まさか、そんな危険なことをしていたとは思えなかった。
優しくて、暖かいあの人が。
「奴らは必死で探してる。だからディーノの関係者をしらみ潰しにしてるんだ」
「…私も」
「奴らが日本にいたディーノがキミと会っていた場面を目撃していたらしいんだ。だから」
私の目からボロボロと涙が零れていた。
どうしてなのかはわからないが、自分が危険だからとかそんな理由ではないことは明らかだった。
「…ディーノは、大丈夫…?」
「あれでもボスだからね。簡単にくたばりはしないと思うよ」
「……貴方は?」
私の言葉の意味がわからなくて首を傾げる彼の腕を、私は震えながら掴んだ。
私とふれあっているところを見ながら、反応できないらしく私の言葉を待っていた。
「…貴方も、危ないの…?」
「並盛は僕の町だ。このくらい慣れてる」
「違う…違うの。何に……怯えてるの?」
彼の表情が一気に変わった。
それは威嚇する表情でもなく、ただ何かに驚いているような顔をしていた。
「…暫くここにいて。荷物は持ってくるから」
「……ここ、って?」
「ここに住んで。向こうは危ないから」
「……!」
ようするに、彼の家にお世話になるということだろうか。
よくよく考えれば、私はあの時も彼に抱きついていた。
今だって、腕を掴んで……
は、恥ずかしい……
今更真っ赤になって手を離すと、彼は側から立って部屋を出ようとした。
何か怒らせてしまっただろうかと焦った。
「とにかく、ここにいて。後で詳しく話すから」
「え?あのっ…」
そのまま襖を閉めてしまわれ、行き場のない手をそろそろと下ろした。
怖かった思いより、寂しい思いが私を締め付ける。
「…名前、教えてほしかったな…」
あれ以上は限界だった。
僕のことなんて、聞かなくていいのに。
跳ね馬や六道骸のことを気にかけていればよかったのに。
あの目は、苦手だ。
声も、涙も全部見透かされてる気がする。
こちらが、気が狂いそうになる。
間違いを、犯してしまいそうになってしまう。
ズルズルと壁伝いに座り、頭を抱える。
「…気付かないで」
この動揺を。
僕の罪を。
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