どうして貴方が私を見て、泣きそうな顔をするのかわからない。
どうして私を守ろうとするのか、わからない。
そんな顔、させたくないのに…させてしまう。
今ほど、自分を憎むことなんてない。
私を不器用ながら泣き止むまであやしてくれた彼は、涙が止まったのを見て、私から離れていった。
パタン、と襖が閉じられたのを目で追った私は、一人の部屋で自分を抱き締めた。
あんなに、近くにあったのに……
彼のぬくもりが、至近距離に感じられたあの一時は、すぐに過ぎ去ってしまった。
心に風が通るみたいに熱かった心が冷えていく感覚。
どうして、こんなことばかり。
「…ディーノ…骸様……」
二人が、彼に何かを伝えたのでしょう?
何を、伝えたの?
どうして彼が、私を守らなければならないの?
あんな辛そうな顔をしながら…
「恭さん…あれが例の凪さんですか」
「……そうだよ」
「……そうですか」
ひたひたと、裸足が木製の床に吸い付く感触を確かめながら、僕は哲の方を向く。
「何か、言いたそうだね」
さらに押し黙る哲に一瞥をくれながら、僕はまた前を向いて歩き出す。
慌ててついてきた彼は、何故か言いにくそうに僕にそっと、壊れ物を取り扱うような声で言った。
「…凪さんが、」
「心配?」
「いえ。私の勝手な思い込みかもしれませんが…」
「……何?」
怒らない、多分という意味合いを含めた視線を送ると、目を伏せながらも、白状した。
「凪さんが、恭さんを心配していると……」
その言葉に返事を返さないのは、自分にも見覚えがあることだからだ。
最初に会った時、守るだけにしようと考えていた。
それ以上の関係など、僕にはあってはならない。
友好は愚か、恋愛なんて僕には許されていない。
跳ね馬が彼女を僕に任せたのは、僕に罪を償わせる為だ。
初めて泣きながらその事実を知った時、それが使命だと、罪を償う唯一の光だと思った。
しかし跳ね馬は、そう簡単に許してはくれなかったのだろう。
あの子。
僕が守るべき存在が凪でなければ、こんな悩みなどせずにただ無心に敵を倒せばいいだけなのに。
彼女は、駄目だ。
冷静であろうと閉ざす僕の中に、どんな塀を建てようとも簡単にすり抜けて、本心を突いてくる。
それならいっそ、そのまま僕を責めてくれたらよかったのに。
それか、利用してくれたらよかったのに。
それすらせずに彼女は、僕の傷んだ物を抱き締めようとする。
その華奢な腕は微弱ながら正確に傷を捉えて行くだろう。
それによって、自分のすべきことを忘れて、情に走ってしまいそうになる。
彼女が、怖かった。
いつか自分が、すべてを許してくれそうな彼女にすがってしまいそうで。
「…間違っては、ないよ」
「恭さ」
「僕は、守るだけだよ」
そう、言い聞かせて。
彼女と接していく。
こんなことを考えている時点で、既に遅いのかもしれないけれど。
ふわり、と鼻に不思議な香りが漂ったのは、夜中の時だった。
夕食を済ませ、自室で書類の整理をしているときに、風に乗って匂いが流れてきた。
「……?」
遅い時間。
匂いを辿ってみると、台所に微かに電気がついていた。
そっと開けて、開けなければよかったと後悔する。
しかし、時すでに遅し。
「…雲雀、さん?」
台所にいたのは彼女で。
火元に小さな鍋をかき混ぜながら、僕の存在に気付いていた。
仕方ないと軽くため息をついて、僕は彼女の元に近寄る。
「夜中に何してるの?」
「ご、めんなさい…勝手に」
「怒ってるわけじゃないよ。でも時間が時間だから」
もう夜中の2時だ。
すでに皆就寝しているだろうし、凪のことは丁重に扱えと伝えているあたり、これはかなり使用人を真っ青にさせる光景だろう。
「その、眠れなくて……」
「…あぁ、だからホットミルク?」
コクリ、と頷く彼女にそう、と呟いて踵を返した僕の着物の裾を、彼女に掴まれた。
「あ、の…雲雀さんも、いかがですか?」
「……」
「あっ…迷惑ならっ」
言葉を紡ぐ前に、僕が行動していた。
彼女の口にパシッと自分の手をあてて、彼女の会話を拒む。
「…誰もいらないなんて言ってないでしょ。それ」
「……?」
棚のある場所にある瓶を指差しながら、彼女に言う。
「ブランデー。少し混ぜて」
「…お酒、飲まれるんですか……?」
「たまに珈琲に混ぜる程度だよ」
また。
彼女に必要最低限にしか接してはならないという戒めを、こうも簡単に彼女に解かれてしまう。
しかも僕の返事を聞いて、何故か嬉しそうに笑う彼女が、いて。
やはり、狂わされている。
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