リング |
彼が長期の任務から帰ってきた。 何日……何ヶ月ぶりに顔を見るのだろう。 久しぶりに会えたことを静かに一人で喜んでいると、彼は自分のスーツの内ポケットから何か小さな箱を取り出し、私に手渡した。 「何?」 「開けてみてよ。」 可愛らしくリボンの付いて、いかにもプレゼントという感じの小さな箱。 私はワクワクと少し期待をしながら、その箱のリボンを解き、包装紙を破いた。 箱を開けてみると、中にはリングが入っていた。 「サイズ、合ってるよね?」 プレゼントを贈った彼はなぜか嬉しそうだった。 そんな彼の顔を見ながら、私は何の躊躇もせず、右手の中指にそのリングをはめた。 「…え…?……ちょ…」 私がリングを指にはめたら、彼は何か言いたそうで、なぜか困っている様子だった。 「…?……霧属性のリングだったんでしょ?ありがとう。今度使うね。」 にこりと感謝の気持ちを込めて微笑んだのに、彼の顔は暗いままだった。 「…………そう…」 それは良かった、と言って、彼はどこかへ行ってしまった。 きっとボスに任務の報告にでも行ったんだろう。 ***** 「ねえ。」 ふと、背後から声がした。 誰かは予想しなくても分かる。きっとこのアジトの主が帰って来たのだろう。 「おー。恭弥、お帰り。もうクロームのとこに……」 振り向いた瞬間、愛用のトンファーがこちらに向かって振り上げられた。それを間一髪で避ける。 さすがに10年も一緒だったら慣れたくなくても慣れる。 「あ…っぶねえな!!今のはほんとに当たるかと思ったぞ!!!」 半ば本気で怒っても、コイツは謝る気なんかさらさらなさそうに、こっちを睨み付けたまま静止している。 「………。」 反撃をしてこない方も怖い。 「今回は本当に、オレは殴りかかられる覚えはないぞ?……どうした?」 「………。」 当分答えないような様子である。 とりあえず、会話をして、何の理由があって殴りかかられたのかを知りたい。 こっちが無意識に何かしたのか。八つ当たりか。何なのか…… 「…えっと……、オレは勝手にここに来たわけじゃないだろ?ちゃんと用事があるから来るって言ったし、お前もちゃんと『任務から帰った日なら』って、返事したし……」 「………。」 「……アレか?もしかして、クロームに会ってないとか?帰ってきて一番に会ったのがオレでイラついたとか?」 「…………………ちゃんと、さっき会った。」 『クローム』と聞いてから態度が変わった。扱いやすいのか、扱い難いのか……。 「じゃ、どうした?他には……」 思い出そうとしているのに、アイツはツカツカとオレのほうに近寄ってきて、急に胸倉を掴んできた。 何か言う気になったのか、黙って待ってみた。 「……………………………………………指輪」 「へ?」 多少長い間があって、ぽつりと口にした、単語。短すぎて理解するのが一瞬遅れる。 指輪…? 「………あなたが………、女性は指輪をプレゼントしたら喜ぶんじゃないかって言ったから………」 指輪………プレゼント…… 聞いた単語から何のことか思い出してみる。 「…指…わ……ああ。確かにそんなこと言ったな……」 恭弥が任務に出発する前の、用事があるからアジトに行きたいという連絡の中で、確かコイツはこんなことを聞いてきた。 『女性が贈られて嬉しいモノってなんだと思う?』 一瞬でクロームにだなって分かって、茶化したら機嫌を損ねて二度とアジトに来るなと言われかねないので、愉快に思いながら真剣に答えてやった記憶がある。 その返事で、確かに指輪が喜びそうとは言った………が、こうやって胸倉を掴まれる意味が分からない。 「…で、クロームは喜ばなかったのか……?」 それは悪いことを言ったなと、謝罪を口にしようとしたが、恭弥は首を横に振ったので、どうやら喜んではくれたようだった。 次にそいつはフッと笑い、恐ろしさに背筋が凍るオレなど気にもかけず、こう続けた。 「喜んではくれたさ……。僕が贈った指輪を霧属性のリングだと思って…ね。」 どうやらオレは八つ当たりをされていたようだ。 ***** 「ねえ、ボス。」 任務帰りのヒバリさんと今頃は一緒にいるんじゃないかと予想していた彼女は、まだあの人と会っていないのか、ひょこりとオレのいる部屋へやってきた。 「クローム。どうしたの?…ヒバリさんに会ってない?」 「ううん。会ったよ。ボスのところに来てないの?」 「まだ見てないよ………あ、ディーノさんと会ってるのかも。」 「そっか…。……ねえ、ボス。この指輪おかしいの。」 そう言って、リングをはめた指をオレの目の前に差し出した。 「どうやってもリングに炎が点らなくて……。力が足りないのかな…?」 クロームは不安そうにはめたリングを見る。そのリングに装飾されている石は、オレには高そうな宝石に見えた。 「……クローム。このリングはどうしたの?」 「恭弥からもらったの。きっと、敵からまた奪い取ったリングが霧属性のだったんだと思う…。」 「………。」 まさかとは思う。さずがに彼女でも…と。 クローム、きっとソレは違うよ。君がもらったのはそういうリングじゃない。 「ソレってさ……もしかしたら、普通の指輪なんじゃないの…?」 いや、普通の指輪ではないだろう。恋人に贈る指輪だ。それなりのものには違いないと思う。 「え…?普通の?………なんのために…?」 「………。」 いくらこの人でもこのくらいは分かるんじゃないかなと思っていたが、本気で意味が分からないらしい。 何から説明すれば良いのだろう。いや、どう説明すれば良いのだろう。 「………クローム、あのさ、結婚指輪って分かる…?婚約指輪とか………」 「…?うん。知ってる。」 どうやら知識はあったらしい。そうか、天然だったか……。 「その指輪もさ、ヒバリさんがクロームにプレゼントしたのって、そういうことじゃない?」 「………?」 ***** とりあえず気の済むまで殴って、僕が少し満足した表情を見たら、跳ね馬は帰った。 僕の状態を見て、用事はまた今度にしようと言っていたが結局何の用だったんだろう。 跳ね馬が帰って、任務の報告をしなければならなかったことを思い出したが、もう面倒なので哲にしてくるよう頼んだ。 プレゼントを買ったときに考えてた予定では、今頃は凪と数ヶ月ぶりに2人きりになって任務の疲れを癒しているはずだった。 何故こんなことに…。 何で今僕のそばに凪はいない……。 考えていても凪は僕のそばに来なくて、任務の疲れは急速に癒されていくものではない。 そういえば、任務で疲れているんだった。ひとりで何もすることがないし、大人しく寝ていようか。 凪や哲もそのうち帰ってくる……。 寝室に向かう途中の廊下で、自分のもの以外の足音が聞こえた。 スタスタと軽やかに移動する音。凪の足音だ。 ボンゴレのアジトから帰ったのだろう。たぶんこのまま僕の部屋に来て、僕の様子を見に来る。必然的にすれ違うことになるが確認のため、すれ違う前に名前を呼ぶ。 「凪?」 「恭弥?部屋にいないの?」 速さを変えずに歩いていると、だんだんと足音は近づいてきて、姿が見える。 「今から寝るから寝室に。任務で疲れたから。」 「そっか…」 半分冗談で一緒に寝るかと聞いたら、真顔で「眠くない」と返ってきた。 昔だったら顔を真っ赤にして困ってたのに、今では慣れてきているのか、反応が薄い。 指輪のことなどなかったかのように凪にすれ違い、「じゃあ、おやすみ」と言ったら、待ってくれというかのように手首を掴まれた。 「……?何?やっぱり寝る?」 ふるふると無言で首を横に振ると、手首の力が更に強くなった。 「何……?」 力の込められた手首を見ると、掴んでいる凪の手は左手で、その手の薬指には僕の渡した指輪がはめられていた。 「……え…っと……、コレ…、指にはめてみて…炎を点そうとしたんだけど、点らなくて……。ボスに聞いたら、ソレ……結婚指輪とか婚約指輪とかじゃないの?って、……言われて………」 「………。」 人に聞いて気づくのはちょっと引っかかるけど、僕から言わずに気づいたから良いとしようか。 「炎が点るはずないよ。ソレに。」 「ご…ごめんなさい……。」 申し訳なさか、うつむく彼女の頭を空いている手で撫でると、手首を掴んでいた左手の力が抜けていき、離れていくのをすかさず引き寄せ、腕の中で彼女を包む。 「恭弥…寝に行くんじゃないの?」 「寝るよ。凪と。」 否定も何もしない凪の体を抱きしめる力を更に強めると、凪はこちらの首に手を回した。 「………ねえ、恭弥。」 「何?」 「この指輪………どういう意味で…」 耳元でぼそぼそと言うから少しくすぐったい。顔が見えないが、顔が赤いのが想像出来た。 「凪の好きな意味で良いよ。」 「………そう。」 酷い、とか言って怒るかと思ったのに、思っていたよりも反応は冷めていた。 「じゃあ、好きに考える。」 そう言った彼女の声は嬉しそうで、僕は機嫌が良いうちに寝室へはどうやって連れて行こうかと思うと同時に、跳ね馬の言っていたことは嘘ではなかったんだなと改めて思った。 後で彼女よりも先に起きたら、連絡をしてやろうか。 |
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