01.

安っぽい酒と甘ったるい香水の匂いが充満したパーティーホールは人で溢れていて、とても居心地のいいものではなかった。群れるな、と小さく呟いた僕の腕を握って、もう少し我慢してねと凪が囁く。もう少ししたら暴れられるから、と小声で言う凪は髪を巻いて、赤いイヴニング・ドレスを着ている。今回、僕たちが沢田に託された任務はボンゴレ十代目の代理として同盟ファミリーのパーティーに参加し、紛れ込んだ敵対組織の刺客を暗殺すること。

「恭弥がこんな任務を受けるなんて珍しいね。」

「まあね、ちょっと沢田と取引したんだ。」

「取引?」

不思議そうに僕の顔を覗き込んだ凪の頭を撫でる。凪は右手のシャンパングラスをくるくると回している。しゅわしゅわ泡が立つ金色のシャンパンが少しだけ零れて赤いドレスに滲んだ。

「あーあ、汚しちゃった。」

残念そうにそう言う凪の前に屈んでハンカチで染みた部分を拭く。

「そのまま聞いて。目の前の、金髪で青いネクタイの男が分かる?」

こくん、と小さく首肯したのが見えた。

「ターゲットは、あの男だ。上手くやるんだよ?」

凪の手を取って手の甲にキスを落とす。背中を軽く押して彼女を送り出し、僕は誰にも気づかれないように外に出る。あとは、予め決めた場所に凪がターゲットの男を連れてくるのを待つだけだ。

 

沢田も交え、三人で決めた作戦は凪がターゲットに話しかけ、気付かれないように幻術で外の僕が待つ場所まで誘導し、あとは僕が気の済むようにやっていいと言う至って単純なもの。正直、気乗りしない作戦だった。

凪を僕の目の届かない場所で男と二人きりにするなんて。それでも当の凪が張り切っているのだ、凪に甘い僕も沢田も反対なんてできっこない。

落ち合う場所近くの木の影に潜み、凪と男を待つ。すう、と深呼吸をしてリングを指に嵌める。右手で匣を弄びながら何気なしに目を会場のドアに向けた。

凪とあの男が出てくるのが見えた。完全に油断しきった男の顔に今回の任務は思ったより手応えが無さそうだと早々に決め付ける。出番はないみたいだよ、と匣の中の雲ハリネズミに心の中だけで話しかけて、目線を再び凪と男に向けると、男は凪を抱きしめ、首元に顔を埋めようとしているではないか。

「…っ、いやっ!離して!」

「凪!!」

らしくない。ああ、らしくないとも。大声を上げ、標的の元に走った僕を涙目で見上げる凪に合図を出す。凪はドレスの裾の中に隠していた三叉槍を素早く取り出し、ロッド部分を勢いよく男の頭に叩きつけた。その後すぐさまびゅんびゅんと槍を回し、地面を叩く。

地面からは激しい火柱がごうごうと音を立てて噴き出した。彼女の幻術は一級品だ。恐らく、耐性のないこの男は疑う余地もなく信じ込んでしまっただろう。

「可哀想にね。でも僕の凪に触れた罪は重いよ。」

火柱に気を取られて呆然と銃を片手に立ちつくす男の腹部をトンファーで殴打する。ぐったりと気を失った男は沢田の元に身柄を引き渡すことにした。

 

連絡を受けて下っ端が男を引き取りに来たのはそれから三十分程過ぎた後。

「すみません、遅くなりました!」

「いいよ、早くコイツ連れてってよ。あ、沢田に出来るだけ厳罰でって伝えといて。」

「あ、はい!了解しました!」

あとは僕の知ったことではない。沢田には電話であの男が凪にしたことは伝えてある。凪に甘い沢田のこと、言うまでもなく重罰に処すだろうけれど。

 

「さあ、凪。行こうか?」

「行くって…、どこに?」

黙って凪の手を取って車の助手席に乗せる。僕は運転席に乗り込み、エンジンを掛けた。

「ねえ、恭弥、どこに行くの?帰らなきゃ、ボスに怒られちゃう!」

凪が知らない、もう一つの共同戦線。

僕と沢田の、協定。

「凪は、骸に見張られてて夜に出掛けられないだろう?でも、君は綺麗な夜景が見たいと言っていた。」

「ええ、この間見たテレビの夜景が綺麗で…。」

「だから、沢田にわざとこの任務を泊まりにしてもらったんだ。骸の足止めも含めて、頼んだ。」

一ヶ月間、任務以外一切の戦闘を禁止という制約と引き換えに。

僕は凪の願いを叶えられる。沢田は屋敷諸々の破壊の減少が見込める。この上なく最上の取引ではないか。

 

「ほら、着いたよ。」

沢田が取ってくれた部屋は最上階のスウィートルーム。もちろん夜景は最高。

「わあ、きれい…。」

子どものように窓に張り付いて目を輝かせる凪に、僕も思わず笑みが零れる。

「喜んでもらえたようで何よりだよ。」

「ありがと、恭弥。」

そっと唇に触れた温もりは、一ヶ月戦闘禁止というストレスすら溶かしてしまいそうだった。

 

共同戦線24
(12時の鐘が鳴っても帰してあげないから。)
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