「きれいね、」
不意に、彼女がそう呟いた。








『・・・・健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?』


『はい、誓います』








白雪の頬を淡く染め、十字架の下で愛を誓う沢田たちをじっと見つめている。
僕の視線に気づく気配はない。彼女のこんな表情を見たのは初めてだった。




Be with you





「見て、京子がくれたの」


教会からの帰り道、花嫁からのブーケを嬉しそうに僕へ見せる。今日の彼女は、まるで少女のようだ。ほんのり色づいた頬に手を伸ばすと、くすぐったそうに微笑む。




僕たちも、結婚しようか?
その言葉は、驚くほど自然に僕の口からこぼれ落ちた。




「え・・・?」


バサリ、地面に落ちたブーケ。
しゃがみ込みそれを拾い上げると、そのままの体制から彼女へと差し出す。
ただでさえ大きな瞳が、瞬きも忘れ僕を見下ろしていた。


そんなに驚くようなこと?
ブーケすら受け取れずにいる彼女に思わず苦笑いする。




「だって・・・恭弥がいきなり、結婚だなんて、言うから」


「僕は、ずっとそのつもりだったよ」


「そんなこと、今まで一度も・・」


「そう、言ってこなかった。覚えてる?付き合い始めた頃『自分が家庭をもつなんて考えられない』君はそう言ったんだ」


当時の彼女にとって、家庭は孤独の象徴のようなものだった。あの時の苦しげな表情が、僕は今でも忘れられない。
言わなかったのではなく、言えなかったのだ。
共にある未来に彼女が家庭という形を望まないのなら、ただ傍にあり続けたい、そう思っていた。


彼女の、あの表情を見るまでは。




十字架の下を見つめる、その視線が意味するもの。
『きれい、』そう言った彼女を、僕は世界一綺麗だと思った。
嬉しそうに掲げて見せたブーケ、それを花嫁から貰うことの意味を彼女は知っているだろうか。
共に過ごしてきた年月は、彼女を確実に変えていた。




「凪さん、僕と家庭を築いてくれませんか?」


敬語なんて、僕らしくもない。
彼女もそう思ったのだろう。引き結ばれていた唇がふにゃりと緩む。思わず、笑ってしまった。


それ、ずるいわ。
今にも泣きだしそうな顔で笑う。ゆっくりと身を屈めてくる彼女に合わせて、僕はそっと瞼を閉じた。






米神に触れた冷たい唇。
寒いはずだ、粉雪と共に彼女の涙が僕の頬へとこぼれ落ちた。




「あなたとなら、大丈夫。・・・私が、そんな風に思える日がくるなんて、」






この雪景色を、僕は一生忘れないだろう。


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