群れるのが嫌いな新しい理由ができた


 男の視線を集めるのは彼女の整った顔立ちだけじゃなかった。


 女性の持つあの特有脹らみは彼にはある意味敵だ。

「今、右にいた男。水平方向から、一度下に視線をグラインドさせた後、見たよ」

 どうしても夏は襟繰りの開いた服を着ることになる。
すると、背の低い彼女は、横を通り過ぎる一瞬、よく見えるのだ。そう、所謂、いい眺めが…。
かといって、暑い季節に厚着をしろとは言えない。


 全く嫌な季節だよね。



「今、右を通り過ぎた男は、一度逆に視線を振って、見たね」

「ねぇ、恭弥。別に…」

 彼女にしてみると、半袖のトップスから腕が出ているのとそう変わらないこと。


 でも、それは違うんだよ。


「よくない。あ、今の女連れはフェイントを全く入れなかったよ。余程天晴れだと思うけど、ちょっと咬みこ」
「ろしてきちゃだめ。一般人よ」

 せっかくのデートなのに…。はぁ。今日何度目のため息だろう。彼女は拗ねたような、それでいて恨めしそうな眼差しで彼に抗議する。
 たまには一緒にショッピングモールに…という話になった翌日。たまたま雨が降ったことで、覚悟を決めていた以上の群れ具合だった。
 さっき咬み殺せなかった分の八つ当たりは山本武にしてやろう。

「恭弥、私は普通に楽しみたいのに、口煩い…」
「問題は君だよ。全然気付かないから」
「でも、正面じゃなくて横を通り過ぎる時でしょう?分からないわ」

 付き合い始めてもう何年も経つのに、先の見えない、彼の独占欲によるこんな些細なやり取りが絶えることはない。

「人間の視界は斜め後ろまでは利くよ」


「恭弥、……私、右は利かないから」


 あ、と彼が息を漏らす。
いつもは彼女の右側に並ぶのに、この群れに腹が立ち失念していた。

 何も言わず彼女の右側に移り、手を取る。


 ねぇ、恭弥、一つの感覚を失うと他が鋭くなるって言うでしょう。

 私の左目もそうなのよ。
 後悔とか反省とかそんなものとは無縁のあなたが、今一瞬だけ見せた表情は、きっと今までもこれからも私だけのもの。


「僕が君の目になるよって言ってくれないの?」
「僕がそんなベタな台詞言うと思うの?」

 拗ねていた彼女がからかうように笑うと、彼は目を細めるように微笑んだ。


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