「跪くのは君にだけ」






 夏になったのだから、やっぱりサンダルかミュールが欲しいわ。


 そうこぼした彼女とやってきたのは、靴の小さいサイズ専門店。
 小さいサイズ専門だから、元から客の数がそう多くもないだろう。
 そう高をくくっていたのだが、彼女と同じように露出度の高い靴を目当てに来店したのであろう女性客が、店内にそれなりに見受けられた。


「どうして皆揃ってサンダルとかミュールとか欲しがるわけ?」
「だって夏だから」


 付かず離れずの距離で彼女の後をキープする僕に、店内にズラリと並べられた靴を物色しながら、彼女は振り向きもせずに答える。


「靴は靴でしょ」
「だって冬は履けないわ」
「それさっきの台詞と同じ意味だよ」


 彼女は、これならサイズが少し大きくても大丈夫よね、とショート丈のグラディエーター・サンダルを持ち上げた。
 確かに、足首まで細いベルトがあって、脱げることはないだろうが…


「それ、厚底じゃなくてヒールだよね。10cmはあるんじゃない?」
「えっと…、恭弥、背が伸びたから大丈夫よ?」
「身長差のことを言ってるんじゃないよ」
「ねぇ、恭弥、後で構ってあげるから、ちょっと大人しくしてて」


 君の背が10cm伸びたところで、腕の中に容易く収まるのは変わらない。
かみ合わない論点に、軽く脱力していると、彼女はそれをどう捉えたのか、子ども扱いされてしまった。
 むしろ、子ども扱いしたいのは、いつも何かと危なっかしい彼女の方だ。
 今も、靴を試着しようと屈みながら、3重のベルトと格闘し、ふら付いている。


 全く、本当に危なっかしいね、君は。


「ほら、ここに座って」


 彼女の腕を半ば強引に抱え上げるようにして、いちばん近くにあった革張りのスツールに座らせる。


「恭弥っ」


 それから、有無を言わさず彼女の前に跪き、今まで履いていた靴から彼女の所望するものに代えてやる。


「どう?このデザインじゃ、靴ズレもないだろうけど」
「ベルトの穴を小さくなるように変えればぴったりだと思う。でも…」
「まだ何かあるの?」
「他のカラーも試してみたい」


 彼女の言葉に首肯し、片手で店員を呼ぶと、この靴のこのサイズの全部のカラーを一括で、とカードを渡す。


「恭弥!いくらになると思ってるの」
「別にいいよ」
「だめ」
 そう抗議する彼女を傍目にさっさとサインを済ませる。
もう一人の店員が靴を履きかえさせようと、それまで彼女がはいていた靴を手に取ったので、そっちの方を包んで、と指示した。


 あきれた顔をする彼女を、サンダル履きたかったんでしょ、と上から見やると、今度は軽く唇をを尖らせ、高すぎる、と言う。


だから、座ったままの彼女の耳元で





「君の脚を触らせるより安いよ」





と囁くと、店員にどうかしましたか、と心配されるほど、彼女は赤くなった。


ゆずちゃんにいっぱいの愛情とともに捧げました。


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