サイドの続き。


奪われて…Side恭弥


 あの夜の話を持ち出されると、らしくもなく動揺するのは、行為そのものではなく、今より幼い自分への悔恨からだろうか。
 彼女に触れたくて触れたくて仕方なかったのは事実。触れるだけでは、すり抜けて行ってしまいそうで、どうすればずっと繋ぎ止めておけるのかと必死だった。今になってみると、他に方法がなかったのかと思う。


 以前アルコールが入った時、彼女がぽつりと言った。


「あの夜は、少しでも好きでいてくれたの?」


 言った本人も忘れているであろうその言葉に、今も驚かされ続けている。

 確かに、僕は男だし、その時々の気分で生きている節もある。だけど、気まぐれに夜の相手を選ぶなんてしないよ。そういう性格だってまだ気付かないの?


 もう君に惚れてたよ。



 ただ、芯が通っていそうで、それでいて危うく何にでも流されそうな君に、拒める意志があるのかないのか。
 受け入れられた後は、この行為はどちらの君に依るものだったのかと、僕は怯えてた。

 同情に付け込みたくはない。そう見えなくても、出来る限り君を尊重したいと思ってるから。




「恭弥、開けっぱなしはだめ」


 物思いに耽っていると、浴室から出たばかりの彼女が僕の代わりに冷蔵庫を閉め、眉を寄せた非難の視線を送ってくる。
 凪、ピンクの頬をして、子供をしかるように言ってもただ可愛いだけだよ。


「そんなに長くあけてないよ」
「でも、電気代が上がるのよ」


 君に家庭的な部分を見るとひどく安心するようになったのは、君自身の口で過去の話をしてくれてから。

 思わず、ふっと息を漏らして笑うと、何がおかしいの、と今度は赤く潤った唇を尖らせた。


「ねぇ、凪、卵切れそうだよ」
「え、本当?」
「1週間前も同じ会話したよね」


 大きな瞳をして首をかしげる君に、いつになったらそういうとこなくなるの、と嘆息しながら自分らしい台詞を吐いてみる。

 すると今度は、彼女がくすりと笑った。本気で言ってない事を知ってるんだよね。


「何がおかしいの」


 彼女のさっきの言葉をそのまま繰り返した。




 一緒に寝て、君が作った朝食を取るのが当たり前で、それが公然の事実になった今でも、周囲にはあの二人に会話はあるのか、と言われているらしい。


 少ないからこそ伝わるものがあるって知らないのは、淋しいことだよ。


 甘い展開を期待して瞳を見つめ続けたら、彼女は思い出したように、アイスはあったわよね、と冷蔵庫の方にくるりと向き直った。


 やっぱり、あの夜どころかずっと前から心奪われていたなんて、口に出してあげないよ。






続くんだな、これが。続きはR15になります。


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